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要求の内容が想像と違ったどころか、提示されたものも意味不明で頭が真っ白になった。
「……私?」
「はい」
一色纏はにこりと頷く。
人懐っこいその笑みも、心身を制圧されているこの状態では恐怖を煽るものでしかない。
「あなたを僕の好きにする権利…、つまり、恋人になってほしいということです」
「……!」
追い打ちをかけるような、意味の捉え違えすら許さないはっきりとした言葉。
それを前にして、俺は表情を硬くするしかなかった。
「…そんな……っ」
「身体ひとつで愛する弟を守れるのです。安いものでしょう?」
「……っ」
「まぁ、嫌ならやめてもいいのですけどね?」
掴んでいた俺の顎を解放し、一色纏は言う。
「やめて、この話を白紙にして。そのまま去っていただいても、僕は構いませんよ?」
やめていい、逃げていい。
拘束を解くように俺に触れていた手を引っ込め、一色纏は笑う。
俺がその言葉を素直に受け入れられないことを知っている、余裕のある態度で。
「……わかり、ました」
絶望に沈んでいくのを感じながら、俺は改めて一色纏の要求を聞き入れた。
最初から俺には、それ以外の選択肢なんてなかった。
「では、続けましょう」
「……」
引き裂かれるような痛みが、胸の奥にはしる。
これから何をされるか理解し、逃げ出したくなるほどの恐怖と失意に駆られて、それでも自ら彼の手を身体に招かないといけない現実に、気が触れそうになる。
ーーいっそ自我が壊れて、なくなってくれたら。
そう思いながら震える指先を必死で動かし、泣き言も屈辱も唇を噛み締めて押し殺し、俺はコートを脱いだ。
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