新しい朝はこんなにも

179/295
前へ
/888ページ
次へ
要求の内容が想像と違ったどころか、提示されたものも意味不明で頭が真っ白になった。 「……私?」 「はい」 一色纏はにこりと頷く。 人懐っこいその笑みも、心身を制圧されているこの状態では恐怖を煽るものでしかない。 「あなたを僕の好きにする権利…、つまり、恋人になってほしいということです」 「……!」 追い打ちをかけるような、意味の捉え違えすら許さないはっきりとした言葉。 それを前にして、俺は表情を硬くするしかなかった。 「…そんな……っ」 「身体ひとつで愛する弟を守れるのです。安いものでしょう?」 「……っ」 「まぁ、嫌ならやめてもいいのですけどね?」 掴んでいた俺の顎を解放し、一色纏は言う。 「やめて、この話を白紙にして。そのまま去っていただいても、僕は構いませんよ?」 やめていい、逃げていい。 拘束を解くように俺に触れていた手を引っ込め、一色纏は笑う。 俺がその言葉を素直に受け入れられないことを知っている、余裕のある態度で。 「……わかり、ました」 絶望に沈んでいくのを感じながら、俺は改めて一色纏の要求を聞き入れた。 最初から俺には、それ以外の選択肢なんてなかった。 「では、続けましょう」 「……」 引き裂かれるような痛みが、胸の奥にはしる。 これから何をされるか理解し、逃げ出したくなるほどの恐怖と失意に駆られて、それでも自ら彼の手を身体に招かないといけない現実に、気が触れそうになる。 ーーいっそ自我が壊れて、なくなってくれたら。 そう思いながら震える指先を必死で動かし、泣き言も屈辱も唇を噛み締めて押し殺し、俺はコートを脱いだ。
/888ページ

最初のコメントを投稿しよう!

857人が本棚に入れています
本棚に追加