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「…上出来です」
一色纏は俺の背に腕を回し、肩が露出するほど着崩れたシャツごと引き寄せた。
直接肌にかかる吐息に、身体が竦み上がる。
「そのまま、ですよ」
震えるあまりインナーを捲る手が緩まる俺に、一色纏は静かな声で言う。
後頭部に手を回されたかと思うと、俺の身体はゆっくりと、彼によってソファの上に寝かせられた。
照明に目が眩みそうになる前に一色纏が覆い被さって俺を見下ろす。
頬に添えられた手のひらは、壊れ物を扱うような触れ方だった。
俺は目蓋を伏せて視線を逸らし、声を押し殺していた。
それが逃げることも拒絶することも許されない状況で、俺が彼に対して出来る唯一の抵抗だった。
「以前の…、5年前の学会で完璧を演じ切ったあの時のあなたならきっと。こんなにも悲痛な表情と姿なんて見せなかったのでしょう」
腹部から胸元へと、一本の指先が中心を滑る。
肌に触れるか触れないかの弄ぶような感触に、俺は手の甲で口元を押さえつけた。
そんな俺を見下ろしながら、一色纏は囁くように話しかけた。
「”想い人”の存在と共に過ごした時間が、あなたの感性を変えたのでしょうね。だからこそあなたは、こうして僕に逃れられない楔で繋がれてしまった」
「……」
「幸福を知ってしまったが故に、脆くなる…。皮肉なものです」
ーー胸元に舌先が着く。
次いで与えられる、鋭い熱と痛み。
俺は目蓋を閉ざし、掠れた悲鳴をひとつだけ、小さく零した。
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