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『どうしたの?』
『……え?』
『何かあった?』
”ただいま”と帰って来た俺を見るなり、那月はそう訊ねてきた。
『…俺も、よく分からない。仕事中もずっと身体が怠かったんだ』
咄嗟に嘘を吐いた。
どうしてだろう。
少し遠回りして帰って来て、動揺を鎮めて、玄関の扉を開ける頃にはいつもの振る舞いを演じられていたはずなのに。
『……本当に?』
那月は明らかに俺を訝しんだ。
怪訝になる目付き。
それを前に、俺は居心地悪く俯いた。
いつもそうだが、どういう訳か那月は人の嘘を見抜くのがとても早い。
しかも適当な疑いでもなく、確実だ。
相手の挙動や表情への観察眼に長けているということかもしれないが、彼の場合はそれだけではないように思う。
もっと動物的な…それこそ”第六感”と呼ばれる眉唾物が、優れている気がしてならない。
『大丈夫? 本当にそれだけ?』
今回のはぐらかしも、おそらく那月は見抜いている。
俺だって、こんなちんけな嘘が彼に通じるなんて思っていない。
『……ああ。大丈夫だ』
『…ふぅん。わかった』
『シャワーを浴びて、今日はもう休みたい。あ、冷却シートってまだあったか?』
那月は最後まで腑に落ちないといった表情をしていたが、俺はとにかく話を逸らして偽るしかなかった。
一色纏とのことを、那月に知られるわけにはいかないのだから。
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