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「院長ー」
「院長せんせーっ」
仕事終わりに院長室へ戻る際、2人の人間に呼び止められた。
看護師の杉崎と早川だ。
勤務が終わり病院を出るのか、私服に着替えている。
「お疲れさまです院長っ」
「お疲れさまです。杉崎さん、早川さん」
「お疲れさまです!」
相変わらずの人懐っこさと包囲技術に、俺は院長室の扉の前で立ち止まった。
いつもなら”患者が見ているかもしれないのだから止めなさい”と言うところだが、主に会議室やスタッフルームが並ぶこの廊下を患者が通ることはない。
看護服はもう脱いでいるし、大声を出すなどのモラルを欠いた行動をしているわけではないからと、今回は諌めずにおいた。
「何か用でも?」
「はいっ、院長に差し入れをと思いまして」
「差し入れ…?」
言いながら、杉崎が手に提げているコンビニ袋を手渡してきた。
受け取ったそれは小さいながら、結構な重みがある。
なんだろうと怪訝になりながら中を覗くと、赤いパッケージの板チョコが入っていた。
しかも束だ、ぱっと見ただけで10枚は超えている。
「50枚入ってます! 売店と外のコンビニはしごして買って来ました!」
「疲れたときには甘いものって言いますから、いっぱい食べて下さいっ」
早川が得意気に笑って言った。
隣の杉崎も、にこにことして言う。
「ありがとうございます」
素直な2人の笑顔を前に、俺はぎこちなく繕った笑みを返した。
「……ですが、どうして急に?」
心遣いはありがたいのだけれど、内心は困惑するばかりだ。
彼らは何をきっかけにして、この怒涛の50枚を俺に差し入れしようと思ったのか。
「院長の顔色が悪いって、体調が優れなさそうだって聞いたんです」
「…私が? 誰がそんなことを」
眉を曇らせながら、杉崎に重ねて訊く。
ーーそこに。
「おや、これは随分と微笑ましい井戸端会議ですね」
一色纏が姿を見せた。
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