857人が本棚に入れています
本棚に追加
「…あなたも、雷雨が酷くなる前に帰った方がいいのではないですか?」
廊下を曲がって見えなくなる2人を見送る背中に、俺は愛想なく問い掛けた。
「…おや。冷たいことを言わないでくださいよ」
振り返った一色纏が、俺に向かって笑いかける。
杉崎と早川に向けた柔らかさと同じものながら、全く違う冷たさを湛えて。
「せっかくこうして、2人きりになれたというのに」
無遠慮に歩み寄って来て、髪を梳きながら頬に触れられる。
俺は顔をしかめて、その手を払い除けた。
「人目に付くような場所で不埒な真似はやめてください」
「なら、部屋に入れて下さい」
院長室の扉を背にして険しい表情を崩さず睨み付ける俺を、一色纏は何でもないように微笑んで眺める。
そして彼を振り払った俺の手首を、さらりと捕らえた。
「見られるのが嫌なのでしょう? 僕は平気ですがね? ここで何をして何を見られても」
一色纏は自身の口元へと、捕らえた俺の手の甲を誘う。
唇が触れるか触れないか、その間際に俺は再び力任せに彼を振り払った。
「……中へどうぞ」
鍵を開け、扉を開く。
そしてドアノブを握って部屋を開放したまま、俺は吐き捨てるように一色纏に言った。
「ありがとうございます」
背を向ける俺に、一色纏は礼儀正しく微笑む。
そして俺に続いて中に入り、音を立てないように扉を閉めると、内側から鍵をかけた。
最初のコメントを投稿しよう!