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ーーひとつ、ふたつ、みっつ。
一色纏はソファに俺を縫い付けながら、片手で器用に俺のシャツのボタンを外した。
「……。あぁ、やっぱり」
難しそうな表情で、外気に晒された肌に視線を落とす。
小さく呟いた声は沈んだ調子で、どこか残念そうにも聞こえた。
「痂皮が出来ている。爪で引っ掻き毟ったでしょう?」
滲んだ血が固まった傷口を、指先でなぞる。
「痕を消そうとでもしたんですか?」
訊ねる声が幾ばくかの威圧を孕んでいるのは、不服だからなのだろう。
綺麗に残せたと満足していた赤い痕が、引っ掻き傷ですっかり無惨な状態になっているのだ。
「…なんてことを」
付けた本人である自分を、否定されているも同然の仕打ちなのかもしれない。
「……院長、これはあなたと僕の契約の証でもあったのですが。無かったことにしたいと受け取っていいのですか?」
「……」
「条件を呑んだのはあなたですよね? だけどもう取り消してもいいということですね?」
落胆した声色から打って変わった、厳しく詰めるような質問責めに、俺は顔を背けた。
「……違います、違う…」
こちらを見下ろす一色纏を見ないまま、弱々しく首を横に振る。
消せるなら、こんなもの跡形もなく消してやりたい。
見えなくなるなら、抉れるほどの引っ掻き傷が残ったって構わないのに。
「……許して、ください…っ」
……悔しい、狡い。
自由に選択させるくせに、こうやって弱味をちらつかせて思い通りの答えを言わせるなんて。
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