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「ええ、賢明な判断です」
声を震わせて か細く訴える俺を見下ろしながら、一色纏は淡々として言う。
そのままゆっくりと体勢を沈めると、痕へと顔を近付けた。
「警察官というものは世間に厳しく監視されている存在でもありますから。身辺は潔白でなければなりませんものね」
唾液で濡れた舌先が、胸元の痕を上書きした傷口を撫でる。
肌に触れる生温かく柔らかい感触に、身体が小さく跳ねた。
「…あ…っ」
ゆっくり、じっくりと這う挙動に感覚を擽られ、俺は掠れた悲鳴をひとつ零した。
「嫌だ、…いや…」
与えられる不本意な刺激を、首を横に振って否定する。
身体の自由がままならなず、力もまともに入らない中、彼の白衣を掴んで懸命に引っ張った。
「…今回はその反抗心に目を瞑りましょう。…ですが」
不意に、唾液を吸って柔らかくなった薄い痂皮に強く爪を立てられる。
「さすがにこれを許すことは出来ませんね」
傷口に深く食い込もうと圧迫するそれに、俺は微かな痛みを感じて顔をしかめた。
「程度の差はさて置き、あなたのやったことは立派な自傷です」
痂皮を剥がすような仕草を止めないまま、一色纏は俺の頬に手を添え、顔を背けている俺を無理やり自分へと向けさせる。
「二度とこんな真似はしないでください」
眉間に皺を寄せて睨み付ける鋭い視線。
見たことのない彼の怒りそのものの表情に、身体が萎縮するのを感じた。
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