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ーー薄い肌を喰んで強く吸い付く痛みに、本能的な嫌悪を感じた。
覆い被さる身体を懸命に押し返そうとした。
抑えられながらもどうにか手首を動かし、服を引っ張り、爪を立てた。
必死で虚しい抵抗を続けて、そして非力な自分への失意に沈んでいったーー。
「本当に酷い雨ですね」
ソファから離れた一色纏が、こつこつと音を立てている窓へと近付く。
「薄暗くて見晴らしも悪い。運転には気を付けないとなりませんよ」
気分の滅入りを感じさせる声と共にカーテンを閉め、傍へと歩み戻ってくる。
「なんなら、家までお送りしましょうか?」
ブランケットのように身体に掛けられた背広の中、ソファの上で小さく蹲っている俺の髪を、一色纏はそっと撫でてきた。
衰弱し切った気力はもう、その手を振り払おうとする意思すら動かせなかった。
「………い」
「…なんですか?」
「見られたくない…」
「キスマークを?」
手で覆い隠すように押さえた、首筋に焼き付いた真新しい痕。
その熱が残る在処に途方もない絶望に暮れ、俺はうわ言のように声を零した。
「見られたくなかったのに…っ。こんな…こんなもの…那月に…っ」
那月に知られたくないから、気付かれたくないから。
そうしてシャツのボタンを一番上まで止めていた今朝を思い出す。
そんななけなしの努力すら敵わなくなってしまった。
せめてというささやかな願いは、たった今潰えてしまった。
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