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「…。そうだねぇノラくん。お兄ちゃん帰ってきたねぇ」
自分の傍へと歩み寄ってきたノラの顎下を撫で、那月は子供をあやすような声で話し掛けた。
そしてノラを腕の中に抱き上げてソファから腰を上げ、こちらへと振り返る。
「おかえり兄さん。雨ひどかったでしょ?」
歩み寄りながら、労わるように微笑みかけてくる。
いつもの笑顔に、いつものやり取りだ。
「…あぁ、ただいま」
その”いつも”を実感出来なかった、さっきの彼の沈黙と瞳は何だったのだろう。
遅れながらに挨拶を返しながら、俺は仄かな疑問と不安を抱いた。
「ご飯温め直すから先に風呂行ってきなよ。待っててもいいけど」
そんな俺に、那月は二択を促してくる。
自分の思考に囚われがちになっていた俺は、彼の声にハッとして顔を上げた。
「いや…先に入ってくるよ。寒いから温まりたい」
「そうだね。お湯は張ってあるから、ゆっくり浸かっておいで」
「ありがとう…」
小さく笑みを繕い、俺は会話を終えた那月を横切った。
荷物を置くため、着替えを取りに行くために自分の部屋へと向かう。
リビングを出るまでに感じたちくりと背中を刺す感覚は、那月が俺を見ているからだと思うのは自意識過剰なのだろうかーー。
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