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部屋に戻るなり閉めた扉沿いにずり落ち、床に座り込んだ。
力無く崩れた膝を三角に折り畳み、小さく蹲る。
臆病な気持ちが溢れれば、膝頭に置いた腕が小さく震えた。
部屋の明かりも付けないまま暫くそうして、そろそろ那月に不審に思われない内にリビングに戻ることを決めた。
のろのろと立ち上がる。
そのときふとした視界に、机の上に放置された菓子箱が映り込んだ。
一色纏の手土産だ。
万が一を考えて、ビニール袋は早々に処分した。
……これを取りに行った体にしてリビングに戻ろう。
いつまでも手元に置いておきたくない。
好き嫌いのない那月に、さっさと胃に放り込んでもらおう。
そう考え、机上の菓子箱に触れた。
『恋人がいるのだと。あなたから弟さんに、僕を紹介してください』
ーー言いたくない。
だけどこれは、俺の弱味を握っている一色纏の命令だ。
それにあろうことか彼は、那月が警察官という世間体の厳しい職業であることを知ってしまった。
那月の本名と職業の情報を握られた今、彼に従わなかったら何をされるか分からない。
ネットが普及したこの時代、人ひとりの人生を潰すのは簡単なことだ。
例え根も葉もないものだと否定したとしても、生まれた噂は永遠に本人に着いて回る。
一度貼られたレッテルは、完全に拭い去ることは出来ないのだ。
「……俺のせいだ」
自責に押し潰されながら、独り呟く。
あのとき、一色纏を突っぱねられたらこんなことにはならなかった。
毅然と白を切れれば、那月を巻き込むこともなかったのに。
封印しようとした感情が、こんな形で自分を呪うなんてーー…。
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