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「おはよう、香月くん。今日は首元のタートルネックがファッショナブルだねぇ」
白衣を羽織って院長室から出て来た俺を見るなり、副院長の福留さんが戯けて声を掛けてきた。
カッターシャツの下にタートルネックを着込む俺を、物珍しそうに見つめてくる。
「喉を温めているだけですよ」
「おや、風邪かい?」
「いえ…。寒さで乾燥したのでしょう。大丈夫です」
「まだまだ極寒だからねぇ。お大事にね」
「ありがとうございます」
眉を曇らせて、身体を気遣ってくれる福留さん。
余計な心配をかけていることに心苦しさを感じながらも、嘘を通すことしか出来なかった。
「しかし、どうだい香月くん」
「…どうとは?」
怪訝な表情になる俺に、福留さんは続けた。
「一色くんだよ、一色くん。君たち中々いい感じじゃないか」
不意に出された名前に、俺は言葉を迷って口を閉ざしてしまった。
それでも構わず、福留さんは話を続けていく。
「いやぁ、2人が仲良くしているのを見ると嬉しくってねぇ。
せっかくの同い年なのに、君は人一倍警戒心の強い子だからどうなることかと心配だったんだけど。 一色くんは君のそういう部分もちゃんと理解してくれているようだね。上手く調和が取れていると思うよ。スタッフや患者さんとのコミュニケーションも上手だし、努力家で真面目で本当に優秀な子だ。
最初に会ったときから思っていたんだよー、僕の目に狂いはなかったねぇ」
うんうんと得意気に笑って話す福留さんは、一色纏を特に気に入っている。
勤務態度も、医師としての志向も、人柄もだ。
そしてそれは福留さんだけではない。
他の医師も看護師も、彼を医師としてもひとりの人間としても認めている。
「彼にはこのままどんどんスキルを吸収して、君が懇意に出来るような人間に成長してほしいものだよ。
そしたら僕も、来るべき時には安心して今の席を離れることが出来るからさっ」
福留さんを始め、スタッフは口を揃えて言う。
あの人は信頼出来る人だ、と。
だから誰一人として、俺に見せる彼の素性を知らない。
そして信じる者も、いないのだろう。
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