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確実にプライベートの安らぎを侵食してくる、一色纏の影。
携帯を手放し、ソファに頭を横たえる。
不安が込み上げてくるのを堪えるように、目蓋をきつく閉じた。
その目蓋を開いた先に映る、那月の寝顔。
俺は彼を見つめ、縋るように手を伸ばした。
毛布からちらりとはみ出す彼の手のひらに、そうっと自身の指先を当てた。
途端に握り締めたい、握り返されたい気持ちが溢れる。
はっとして自分を制止する。
歯止めが効かなくなるのを恐れて、袖口だけをきゅっと握った。
ーー那月なら…、那月ならきっと、一色纏の本性に気付いてくれる。
スタッフも信じ切っているあいつの外面を、嘘と見抜いてくれる。
彰人さんのときのように、些細な変化や違和感に気付いてくれるはずだ、きっと、きっと。
ーー約束の時間は、刻一刻と迫ってくる…ーー。
「じゃあ出よっか」
支度を終えた那月に声をかけられ、俺は小さく頷いた。
後に続いて外へと赴き、車に乗って予約していた店へと向かう。
小さいながら個室のある和食屋だ。
真面目な話をするのだから、人目の気にならない落ち着く場所がいいだろうと一色纏が決めた。
名前を伝え、店員に部屋を案内される。
畳の落ち着いた空間の中に腰を下ろし、俺は小さく息を吐いた。
隣に座る那月はいそいそとメニューを読んでいる。
今朝からまともに食べていないから、空腹で仕方がないのだろう。
「兄さん何食べる?」
そう訊ねられるが食欲なんて皆無に等しくて、俺は曖昧に言葉を濁した。
ーーそれから数十分ほど過ぎたとき。
個室の襖が、すっと開いた。
「すみません、お待たせしました」
店員に案内された一色纏が、遅れて部屋を訪れた。
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