新しい朝はこんなにも

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那月に、那月にこれ以上、何も言わないでくれーー。 汚れひとつなく清潔に保たれたトイレの個室に駆け込んだ。 扉を閉め、そこに力無く寄り掛かる。 喉元まで押し上がってくる堪え切れない吐き気を、両手で口元を押さえ付けて必死で耐えた。 その内 眩暈で立っていられなくなって、蓋の下りた便座に腰を下ろした。 蹲り、ストレス性の激しい不調が去るのをじっと待つ。 …大丈夫。 どんなに一色纏の外面が良くても、綺麗で聞こえの良い言葉を並べても。 那月なら、分かってくれるから。 那月なら、気付いてくれるから。 那月なら、助けてくれるから。 大丈夫、きっと、大丈夫…。 暗示をかけるようにひたすら胸中で言葉を反復して、自分の言葉で自分を慰め続けたーー。 「おかえり」 暫くしてどうにか戻って来れば、座卓の上には注文した料理が並んでいた。 2人はまだ手を付けていないらしい、俺が戻って来るのを待ってくれていたようだった。 「兄さん、こっちおいで」 元の席へと戻ろうとする俺を、那月はどうしてか自分の隣へと誘った。 だけど一色纏ではなく那月の傍にいてもいい安心感に、俺は躊躇いなくその席へと向かい腰を下ろした。 「人揃ったし、頂きましょうか」 「そうですね」 俺が席に着くなり、空腹が限界に近いらしい2人が、手を合わせた後に箸を手に取る。 各々自分の前に置かれた料理を嬉しそうに突き始めた。 「院長、食べないのですか?」 「……」 こちらを見つめる一色纏に不審に思われないよう、俺も2人に遅れながらも箸を取った。 天ぷらや、小さな鍋で煮込まれた素材の香りが湯気に乗って漂ってくる。 けれど申し訳ないことに、全身を燻る吐き気のせいで食欲がそそられることはなかった。
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