新しい朝はこんなにも

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一色纏の車が去って行くのを見送った後、俺たちも車に乗り込んだ。 帰りは俺が運転する約束だったのに、さっと運転席に着いたのは那月だった。 顔面蒼白の人間の運転する車には乗りたくないと、苦笑された。 帰り道を走る車の中、俺は助手席で那月のコートに包まれながら大人しくしていた。 運転する那月の横顔をさり気なく眺める。 こんな真冬だというのに、人に自分の上着を譲って彼は寒くないのだろうか。 俺だったら耐えられない、…なんて思うくせに、俺は彼にコートを返さずにいた。 さらに深く強くコートの中に収まろうと、身体を縮こめる。 もう少しだけ、彼の匂いに包まれる安心感に縋っていたかった。 「ちょっとは楽になった?」 運転している那月が、不意に話しかけてきた。 顔が蒼白いと指摘した彼は、きっと俺の不調に気付いている。 多分それは、俺が手洗いに行くと席を立って部屋から逃げ出したあの時から。 だから戻って来た俺に、那月は自分の隣に座れと言ったのだろう。 何かあっても、直ぐに対処出来るように傍に置いておいてくれたのかもしれない。 「大分、楽になった」 「そっか」 「……緊張してたんだ。悪かったな」 「いいよ。でも家に帰ったら直ぐ横になりなよ」 「ああ、そうする…」 言い訳せずに素直に頷けば、那月は前を見ながらも優しく微笑む。 その横顔に、俺は彼に借りているコートを強く握り締めた。 「……那月」 「ん? なに?」 こんな俺の、こんなくだらない体調不良ひとつすら見過ごさない那月。 どんな些細な変化にも気付いてくれる那月。 「あの人のこと、どう思った…?」 俺は思い切って訊ねた。 彼の持つ冷静な眼と本質を見抜く心を、信じたかった。 どうかこの人だけは一色纏の仮面に騙されずに、俺の味方でいてほしかった。 ーー…だけど。 「あの人は大丈夫だよ」 返って来た言葉は、一色纏を肯定するものだった。
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