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『おやすみ』
早々に部屋へ向かう俺の背中に掛かった、那月の声。
俺は返事をしなかった。
振り向かないまま小さく頷くだけの、邪険な態度で済ませてしまった。
体調を心配してくれている弟に対して最低な接し方だと思う、けれど。
今はとにかく那月の顔を見たくなかった。
那月の声を聞きたくなかった。
傍に彼の存在を感じているのが、ひどく苦痛だった。
”いい人見つけたんだなって思ったよ”
一番聞きたくない言葉を、一番言ってほしくない相手に言われる。
それは、心臓に大きな穴を空けるような痛みだった。
「…悪いのは那月じゃない」
目蓋を閉ざし、小さな声で呟いた。
「悪いのは那月じゃない」
毛布を頭まで被り、何度も呟いた。
「悪いのは、那月じゃない」
意識が微睡み、眠りに落ちるまで呟いた。
”信じてたのに”
”おまえだけは、ずっと味方でいてくれると思っていた”
”気付いてくれると、思っていた”
”どうして? 那月…”
「…悪いのは、悪いのは…っ」
ーー彼を責めようとする自分を戒めるために、絶えず呟いた。
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