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ーー…今までよりも1時間早く設定したアラームが、ベッドの傍で鳴り響く。
陽も上がりきらない真っ暗な早朝に、俺はベッドから身体を起こした。
ぞっとする寒さの中、真っ先に洗面所へと向かい、ぬるま湯で顔を洗った。
照明の灯る洗面台の鏡には、不気味なほど血色の悪い顔が映った。
暗いリビングの中、キッチンライトを頼りにコーヒーを淹れた。
ダイニングテーブルに席を着かないでマグカップに口を付けたのは、寛ぐ間も無く家を出ようとしていたからだ。
「……!」
不意に後方から、リビングの扉が開く音が聞こえた。
心当たりに、びくりと肩が跳ねる。
注がれたコーヒーが、湯気を立てながらマグカップの中で揺らいだ。
「おはよう」
背中に掛かる挨拶に、キッチンに立ったまま振り返る。
その先にはやはり、那月が立っていた。
「…おはよう」
寝起きの割にはすっきりとした目蓋の那月。
真っ直ぐ見透かすような瞳に、俺は居心地の悪さを感じた。
朝食の準備をするにしては随分と早い時刻、それでまさか鉢合わせするとは思っていなくて、俺の心臓はうるさく鼓動を鳴らした。
「もう、起きるのか?」
「もうちょっと寝るよ。喉が渇いただけ」
動揺のあまりよそよそしく訊ねる俺に、那月は欠伸をしながら答える。
そのまま冷蔵庫の扉を開けると、500mlのペットボトルに口を付け、冷えたスポーツドリンクを飲んだ。
「兄さんはもう出るの?」
キャップを閉める那月が、訊ね返してくる。
「ああ、これを飲んだら直ぐ…」
「そう」
短く返事をしながらペットボトルを元の場所に戻し、那月は冷蔵庫を閉ざす。
「外、まだ暗いから気を付けて行きなよ。いってらっしゃい」
そして柔らかい表情で一度だけ微笑むと、さっさとリビングから出て行ってしまった。
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