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いつも忙しなくスタッフが歩き回っているはずの病院も、こんな早朝だから静まり返っていた。
入院患者と共に建物そのものも眠っているかのようで、微かな靴の音すらもよく響いた。
院長室に入り、背広を脱いだ。
部屋の奥にある専用の仮眠室に入る。
休み癖を付けないために普段から余り使わないようにしていたそのベッドに、今日は素直に身を沈めた。
せっかくの空き時間だというのに勉強する気にもなれなくて、目蓋を閉ざす。
ずっと怠くて重くて仕方がない心身に逆らえず、時間が許す限りの間眠った。
「あの、院長。大丈夫ですか?」
「…え?」
「いえ、なんか顔色が悪いなと思って…」
ーー今日で何度目だろうか。
看護師や医師が、俺の傍をすれ違うたびに振り返って声をかけてくる。
「大丈夫ですよ」
心配そうに歩み寄られ、その度にそう返すのだが、どのスタッフも納得いかなさそうに表情を曇らせるだけだった。
「ありがとうございます」
早々に話を切り上げ、直ぐにその場を去る。
一度独りになろうと、俺は現場を離れて院長室へと足を進めた。
…弱ったな。
足も身体も、堪らなく重い。
「お疲れさまです、院長」
「お疲れさまです」
礼儀正しく挨拶をしてくるスタッフに声を返す。
呂律は回っているだろうか、聞き逃しはないだろうか。
当たり前の反応に自信が持てないほど、思考は霞みがかったように働かなくなっていた。
…まずいな、と危機を感じて動くには、遅かったかもしれない。
「……っ」
程なくして真っ直ぐ歩けなくなり、ふらふらと廊下の壁に身体を傾ける。
男女様々な声に呼ばれた気がしたが、思考が朧で上手く認識出来ない。
気持ち、悪い…。
視界は靄に包まれ、やがて暗く閉ざされていく。
壁に寄り掛かかる身体は、微かに保たれた意思に反するように、ずるずると床に沈もうとした。
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