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「院長」
壁伝いによろめいた自分を、誰かが抱き留めた。
耳元にかかる、男性の声。
聞き覚えはあるのだが、動かない思考のせいで誰のものだったかが思い出せない。
だけど口々に騒めいているらしい周囲の言葉よりも、その人間の声ははっきりと聞こえた。
「そのまま力を抜いてください」
立てないほどの眩暈と気分の悪さに襲われている俺に、冷静な言葉が届く。
「大丈夫ですから」
身体を支える腕、宥めるような声。
それを疑う余裕もないまま、俺は指示を受け入れた。
ただこの苦しさから解放されたいという縋るような思いで、声の主の言う通りに身体から力を抜いた。
やがて張り詰めていた緊張が緩んでいったのか、俺は強烈な眠気にゆっくりと飲み込まれていった。
ーー…暗くなった視界が晴れたとき、見知った光景が映った。
ダークブラウンの天井、淡く灯った証明。
アイボリーの壁に沿うように部屋に置かれた、白く柔らかいベッド。
その上に、俺は毛布を被されて寝かされていた。
ここは仮眠室だ。
ちょうど今朝も使った、院長室にある専用の。
(どうして…)
重く瞬きをしながら、鈍い痛みを伴っている頭で考える。
そのとき、かちゃりとドアノブを捻る音がした。
「おぉー、良かった良かった香月くん。目が覚めたんだね」
「…ふくどめさん…」
弾んだ調子の声へと首を向ければ、部屋の中に入ってくる福留さんが映る。
そして同時に、ふくよかな身体付きの後ろに続いて入ってきた一色纏の姿も見えた。
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