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『具合が落ち着いたら、今日はもう帰りなさい』
福留さんは最後にそう言い残して、部屋を後にした。
…信頼している一色纏に、俺を任せて。
「…現場に戻らなくて大丈夫なんですか」
椅子に腰掛けてこちらを眺めている一色纏を一瞥する。
閉鎖空間に彼と二人きりという状況が、俺の不安と緊張を煽った。
「ええ。今日はもう上がりましたので」
「え…、今何時ですか?」
「さっき15時になりました」
「嘘…っ!」
にこやかな返答に、俺は飛び起きた。
「…う…っ」
急な動作に身体が追い付かず、途端にひどい眩暈が生じる。
「急に起き上がってはいけませんよ、大丈夫ですか?」
気分が悪くなってふらつく俺の上体を、一色纏は自分に凭れさせるように抱き留めた。
「…2時間も眠っていたなんて…」
「十分にカバー出来る範囲です。ご自分を責めないでください」
「……」
力無く身を預けるその感覚は、廊下で倒れた自分を支えてくれたものと同じものだった。
真っ先に傍へ駆け寄り俺を助けてくれたあの声も腕も、全て一色纏のものだったのだと今改めて実感した。
「……離れてください…」
助けられた自分を、今さらになって嫌悪する。
俺は弱々しくかぶりを振り、情けないほど力の入らない腕で一色纏の胸板を押し返した。
「迷惑をおかけしたことは謝ります。助けてくれたことにも感謝します。私はもう大丈夫です。…だからもう出て行ってください…」
これ以上 彼に寄り掛かかるわけにはいかない、借りも作るわけにはいかない。
弱味を握られるわけにはいかないのだ。
「そういうわけにはいきませんね。 僕はあなたのことを副院長から任せられていますから」
押し返そうと抵抗する手首に触れられる。
「あ……」
そのままゆっくりと、後頭部を支えられながらベッドへと戻された。
「それ以前に、僕はあなたの恋人でしょう? 心配するのは当然じゃありませんか」
無抵抗のまま仰向けになる俺を、一色纏は上から覗き込む。
「こんなに蒼白い顔で、立てないほど弱り切って。気丈に振る舞っていますが今も相当お辛いでしょう? 可哀想に」
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