新しい朝はこんなにも

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「兄さんの枕カバー、マンションの近くに落ちてるみたいだよ」 ベランダから帰って来た那月が教えてくれる。 先に部屋に戻っていた俺は、ノラを膝に乗せたまま大人しくソファに座っていた。 無意識に起こした行動の反動か、ベランダを見るのが怖くてずっと俯いていた。 「…取りに行ってくる」 けれど幾ばくか気持ちも落ち着いてきたところで、ノラをソファの上に移動させて立ち上がった。 「僕も行く」 玄関へ向かう俺に、那月が着いて来る。 さっきのことを懸念しているのかもしれない。 独りにすると厄介な奴だと思われているのだろうか。 「…独りで大丈夫だ。もう変な真似はしない」 気まずさを感じながら言えば、那月は溜め息混じりに、 「コンビニ行きたいだけだよ」 と言いながら、俺に続いて靴を履いた。 ーー2人で並んでエレベーターを降り、ロビーから出る。 マンションの敷地の外だったという那月の情報を頼りに外へと出れば、直ぐ向こうの道端に見慣れた布地が落ちていた。 (あれだ) 近付き、拾い上げる。 広げて状態を確認したが、どこかに引っかかった形跡はない。 目立って汚れたところもなかった。 (…でも、このまま干したくないな) 数十分は地面に晒されていたのだし。 面倒だが家に帰って洗い直しだ。 そう考えながらマンションの中へ戻ろうとしたとき。 「ね、兄さん」 家路へと振り返る俺を、那月が引き留めた。 「そのまま一緒にコンビニまで歩かない?」 「……え…?」 まさかの誘いに、きょとんと目を丸くした。 「いつも車ばっかりだし、たまには歩こうよ」 そうして曖昧な反応で固まっている俺に、那月はにこりと微笑む。 久し振りに真正面から向けられた、柔らかい笑みだった。
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