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「僕、兄さんのそれ好き」
「え…?」
不意を突いた言葉に、俺は見上げっ放しだった顔を元に戻して声の在処へと振り向く。
「知らなかったことを知ったときの反応のことだよ」
振り向いた先、視界の真ん中に立つ那月は、優しく細めた目で俺を見つめていた。
「……別に、そんな目立った反応なんて」
「してるよ、いつも初々しい顔になるんだ。見るたびにこっちが嬉しくなる」
「……っ」
仕草や表情を分析されているのが恥ずかしくて、居た堪れない気持ちになる。
そんな俺に構わず、那月は穏やかな口調で言葉を繋いだ。
「だから僕はその度に思うんだ。
この人を”あの家”から連れ出してきて良かったって」
言いながら、優しく笑う。
「一緒に過ごしてもう直ぐ1年になるね。僕、兄さんとの毎日が本当に楽しいよ」
桜の樹のシルエットを受け止めて微笑む彼の姿は、いつもより柔らかくて鮮やかだった。
「……俺だって」
いつもより柔らかくて鮮やかな姿と笑顔だったから、こんな手では触れたくても触れられない気がした。
「俺だって、おまえと過ごせて良かったって、思ってた」
だから那月を見ながら口を開く俺は、声と言葉でどうにか彼の存在を繋ぎ止めようとしていた。
見えない距離に焦る想いが彼の姿に触発されて、普段の自分では言えない言葉を恥ずかしげもなく必死で発していた。
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