新しい朝はこんなにも

250/295

857人が本棚に入れています
本棚に追加
/888ページ
ーーそんな俺を置いて、那月は1歩2歩と離れていく。 「あんまり桜の下にいない方がいーよ。毛虫が降ってくることがあるから」 樹の麓を離れて淡いシルエットから外れ、同じ場所にずっと突っ立っている俺に振り向いて言った。 「け、毛虫!?」 知りたくなかった事実に、表情を強張らせる。 綺麗だと和やかな気分にさせてくれた桜の木が、途端に脅威な物に思えた。 「ほら、ちょうどそこに」 「え、嘘! やだ!」 足元を指差され、俺は悲鳴を上げた。 飛ぶように駆け出し、那月の元へと走った。 「……ん…?」 安全地帯である那月の傍へと着いたと同時に、自身が元いた場所を振り返る。 けれども那月が指差したはずの毛虫なんて、地面のどこにもいなかった。 「…………おまえ」 全てを察して、元凶に振り向く。 「やー、絵に描いたようなリアクションだったねーっ」 どれだけ睨み付けても、那月は満足そうに笑うばかりだ。 ちっとも反省の色を見せない。 もういっそこの場に置いて帰ってやろうかとさえ思った。 「毛虫1匹ぐらいいたっていいじゃん。人間で言うところの赤ちゃんだよ?」 「知らんそんなの」 謝罪どころか何のフォローにもなっていない言葉をかけてくる那月に、そっぽを向きながら言葉を返す。 「兄さん本当に虫が無理なんだねー」 「当たり前だ。あんなの近くにいるだけでも耐えられない」 「へぇ、そうなの?」 「そうだよ」 「ふーん…」 話をしつこく引きずった後、那月は不思議そうに頷く。 そして少し間を空けてから、その表情のまま言葉を続けた。 「でも、その肩に乗せてる芋虫は別にいいの?」
/888ページ

最初のコメントを投稿しよう!

857人が本棚に入れています
本棚に追加