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「? なんで…」
思いがけない行為に怪訝になり、俺は目を丸くした。
「暴れられたら困るから」
腕の中で戸惑う俺の背を、那月が木の枝で軽く突っつく。
「この芋虫、ちょっとしたことで直ぐ刺激物を出すんだよ。服なら臭いが残って取れなくなっちゃうし、肌に触れたらめちゃくちゃかぶれるの」
「そ、そんなの嫌だ」
「だから暴れられたら困るの。ほら、じっとしてて。木の枝に乗るように誘導するから。
ほーら芋虫くんこっちおいでー。この枝おいしーよー」
「…うぅ…っ」
ぎゅっと目を瞑り、生理的嫌悪に耐えながら那月の懐でじっとする。
「まだ…?」
「まだ」
数秒も経たない内に訊ねるが一言であしらわれる。
今、俺の背中で何が起こっているのだろう。
もどかしさと気持ち悪さから逃れるように、那月の身体に顔を埋めた。
「大丈夫、だいじょーぶ」
そうして肩を縮こまらせている俺に、那月は苦笑混じりながら宥めるように言った。
腕の中にいる俺に、何度も。
「大丈夫だよ」
少しずつ、強張った身体から力が抜けていく。
「もう少しの辛抱だから」
嘘みたいだった。
今朝までずっと、会話どころか目を合わせることも出来なかったのに。
那月の存在を、とても遠くに感じていたはずなのに。
俺は今、彼の傍に誰よりも近くにいる。
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