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「…お気遣いありがとうございます」
レモンティーの鏡に揺らぐ自分の顔に視線を落として、小さく頭を下げる。
すると一色纏は柔らかく目を細め、自身のティーカップを手に取った。
「もてなす以上、出来るだけリラックスして頂きたいですから」
口を付け、湯気を浮かせているレモンティーを一口飲む。
そして落ち着いた息をひとつ微かに吐くと、ティーカップをソーサーの上に戻した。
「それに。僕も今、結構緊張しているもので」
「…そんな風には見えないのですけど」
「虚勢を張っているだけですよ」
優雅に紅茶を嗜んでいる姿に訝しみを込めて言えば、一色纏は眉尻を下げて苦笑する。
その困ったような笑みもやはり演技にしか見えない。
「…そりゃあ、緊張もするでしょう」
疑惑の眼を失わない俺の視線が痛くなったのか、一色纏は溜め息を吐いて白状した。
「ずっと待ち続けて、やっと迎えた今日なのですから」
「………」
その言葉に、俺は返事をせずに視線を落とした。
レモンティーの香りが、鼻先を微かに擽ぐった。
「……さて」
少しばかりの休憩を入れた後、一色纏がおもむろに立ち上がった。
「シャワー、先に浴びてきていいですか?」
「……はい」
ひとつ返事で頷く。
了承を窺ってくるが、ここは彼の家だ。
彼の私物を彼が使うことに、俺が文句を言う権利はない。
「テレビでも点けて、ゆっくりしていてください」
リモコンを差し出した後、一色纏はリビングから出て行く。
初めて招待された他人の家で独り取り残された俺は、その場から一歩も動かず、ただじっと座っていた。
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