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そのときどうしてか、一色纏が可笑しそうに笑みを溢した。
「正直、吃驚しました」
「吃驚…?」
「ええ。だって院長がまだ、僕の部屋にいたものだから」
笑いを含みながら話を続ける。
「僕が風呂に行っている間に帰ってしまうだろうなって、思っていましたので」
「……帰っても良かったのですか?」
「だって帰りたいでしょう?」
戯けているのか、本心なのか。
どちらにせよ微笑みながら訊ねてきた一色纏を毅然と見つめて、俺ははっきりと答えた。
「条件を受け入れたのは私です。逃げる真似はしません」
向かい打つような態度に、一色纏は微かに意外そうにしてみせ、瞠目した。
「…ふふっ。そうですか」
けれど直ぐに、いつもの動じない姿を見せて微笑む。
そして雫が滴り落ちる髪を再度拭き、
「ではお次シャワーどうぞ。中の物は好きに使って構いません。僕は一足先に寝室で待っていますね」
と言いながら、リビングとセパレートになっている部屋の向こうへと入って行った。
引き戸が閉ざされるのを見送り、俺もリビングを離れてバスルームへ向かった。
シャワーから降る温水を頭から被る。
鏡に映し出される、濡れていく自分。
自らのその姿に、俺は目を伏せたーー。
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