857人が本棚に入れています
本棚に追加
/888ページ
一色纏は何も言わなかった。
何も言わずに、絡め合っていた手に力を込めた。
「…目、閉じてください」
少しばかり顔を近付け、静かな声で告げられる。
察して、俺はゆっくりと目蓋を閉ざした。
ーーキスを落とされる感触がした。
だけど、そのささやかに触れるような感覚がしたのは唇ではなく。
どうしてか、額の方だった。
「……一度も目を背けず、ひとつの言葉も怯ませず、一瞬の翳りも見せず。
自らを陥れようとする人間に向かい合う、堂々とした姿勢…」
戸惑いながら目を開けば、どこか寂しそうに微笑む一色纏が俺を見下ろしていた。
「僕が惹かれた、あなたの強さでした」
ぽかんとしている俺の髪を梳きながら、一色纏は覆い被さっていた身体を起こす。
「さぁ、起きて」
未だに状況を呑めない俺の手を取り、にこりと柔らかく微笑んだ。
「身体が冷える前に、舞台から降りましょう」
最初のコメントを投稿しよう!