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「……舞台?」
「はい」
身体を起こしながら、状況を把握出来ずに目を瞬く。
そんな俺を余所に、一色纏はベッドから降りた。
引き戸を開き、セパレートされていたリビングへと出て行く。
そこから直ぐに戻って来た彼の手には、俺の背広が抱えられていた。
「ですが幕は下りました。どうぞあるべき姿にお戻り下さい。
僕の恋人役を演じる前の、あなたに」
「……え…」
思考が纏まらないままベッドに座り込んでいる俺に、一色纏は持って来た背広を肩透かしで羽織らせる。
湯冷めした身体が、ふわりと温められた。
「……あ、あの」
戸惑う瞳を隠せないまま、目の前でこちらを見下ろす姿を仰ぐ。
すると一色纏は、人懐っこく微笑んでみせた。
「大丈夫です。全てを解消したからといって、秘密を他言するような真似はしませんから」
”内緒”
その言葉を体現するかのように、立てた人差し指を唇に添えた。
「……」
彼の柔和な表情を見上げながら、俺は羽織っている背広の生地を握り締めた。
次第に身体から力が抜けていく。
動揺して、言葉が出て来ない。
だけど自分がお役御免になったことは、少しずつ理解していくことが出来た。
彼の言うように、彼との舞台の幕が下りたことを。
今、自分が一色纏の恋人では無くなったことを、静かに悟った。
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