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「……どうして…」
ぽかんとなるばかりで、全く分からない。
呆然とした表情のまま、独り言を零すような声色で訊ねる。
俺は今日、一色纏に抵抗する気はなかった。
一色纏が望む限り、彼と共に在り続ける覚悟でここに来た。
その過程で何をされても、何をさせられても、付き従うつもりだった。
今までよりも扱い易くなったはずなのに、どうして解放されたのか。
しかも自由と引き換えに何かを代償とさせられるわけでもない。
一色纏にとって、メリットが何一つないのだ。
「上辺だけの恋人ほど、虚しいものはないじゃありませんか」
いつまでも疑問の眼差しを向けている俺に、一色纏は胡散臭いまでににっこりと笑いかけてきた。
「そもそも、僕は清純主義なんですよね」
「…………清純?」
「はい、お相手とは清い交際をしたいと常に思っています。なので服従させて飼い殺すようなやり方は元から趣味ではありません」
目を点にする俺に言葉を繋ぐ一色纏の口調は、けろりとしていてとても軽やかだった。
ーー…だけど。
「だから僕には、初めからなかったんですよ。浅はかな方法に頼ってあなたを繋ぎ止めようとした時点で、僕の望んだ未来なんてね」
溜め息を吐いて眉尻を下げ、観念したように言葉を零す彼が目を伏せて湛えた笑みは。
「悪あがきをするつもりはありません。
来るべき日が来たのだと受け入れましょう」
柔らかくも、やはりどこか切なげな雰囲気を纏っていた。
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