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「ご自身の感情を否定して悩んでいたあなたの姿を、なんだか懐かしく思います」
一色纏は柔らかい笑みを湛えて、俺の頬にそっと触れた。
「……院長、ご自分の気持ちを誇ってください」
それは壊れ物に触れるような、戸惑うほど優しい触れ方だった。
……だけど思えば、その触れ方は、今までと何ら変わりない触れ方だったような気がした。
「あなたは想い人のために、自らを投げ打って闘いに臨んだのです。
誰にも理解されない、誰にも気付いてもらえない。ただこの先ずっと、独りで傷付いていく。
その途方もない寂しさを飲み込んで、僕に毅然と立ち向かったのです。
ただ一人の人を、守るために」
今までのような嫌悪や敵意を感じなくなった俺に、一色纏のそっと語りかける声が流れ込んでくる。
優しく、けれど強く聞かせるような言葉。
「その真っ直ぐに人を想える素晴らしい心を、もう否定しないであげてください。
ご自分の心を、認めてあげてください」
ーー…俺は浅薄な人間なのだろうか。
目の前の人間には散々な仕打ちを受けたのに。
辛い思いや苦しい思いを強いられてきたのに。
それでも今の彼が与える言葉を、跳ね除けることが出来ない。
偽りのない言葉を聞かせてくれていると、信じている自分がいる。
”自分の気持ちを認めていい”
第三者である彼の言葉が、声が、表情が。
どれも嘘だと思えなかった。
優しく背中を押される感覚を、否定したくなかった。
「………っ」
一色纏の手が、名残惜しそうに俺の頬から離れていく。
その最中、俺はどうしてか熱くなってきた目蓋を収めようと、顔を手のひらで覆い隠して俯いていたーー…。
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