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「それはつまり、あなたの中で僕の人物像がぶれているということですか?」
俺の中で燻っている疑問を読み取ったように、一色纏は口を開いた。
そして纏められた一言に俺がぎこちなく頷けば、今度は困ったように笑みを溢した。
「院長。戸惑う必要はないですよ」
笑みを残したまま目蓋を伏せる。
そしてアイボリーのラグに腰を下ろしながら、一色纏は言葉を続けた。
「あなたにとって、僕は最低な性悪の男です。
弱味に漬け込んで関係を強要し、そして逃げられたどうしようもない小悪党。それでいいんですよ」
「ですが……」
「今さら少し優しくされたくらいで簡単に気を許してはいけません。警戒を怠ったのを見計らって、今度こそあなたを最後までむしゃぶり倒すかもしれませんよ?」
「………」
一色纏の言い分は確かだ。
彼がしたこと、俺がされたことは事実として残り続け、消えない。
またするかもしれないと仄めかすなら、俺は彼を遠ざけるしかないのかもしれない。
「…そんな危なっかしい心持ちだと、その内変な詐欺か男に引っかかりそうでもどかしさを感じますねぇ」
”自分を赦すな”
敢えて自虐しながら、俺に対して遠回しに強く警告しているのが、心に引っかかったとしても。
「なのであなたは、ちゃんと守ってもらってください。独りでいるのを見ているとひやひやします」
言い返せずに口を噤む俺に、一色纏は溜め息混じりに言う。
「…それから」
そしてほんの少しだけ寂しげに表情を曇らせながら、柔らかく微笑んだ。
「家に帰ったら、彼に伝えておいてください。あなたの期待に応えられなくて申し訳なかったと」
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