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「那月に…?」
「はい」
目を細めて微笑み、一色纏は頷く。
「振られた腹いせに、暴露でもしましょうか」
そしてまさかの話題に目を瞬いている俺を眺めた後、今度は真面目な表情になって話を続けた。
「あの人、僕とあなたの関係に気付いています」
「……!!」
”気付いていた”
耳を疑う言葉。
俺は驚きの余り、持っていたティーカップを落としそうになった。
「……本当、ですか?」
訊ねる声が、動揺で怯えたように震える。
けれど一色纏の表情を見れば、その問いに返って来る答えは明白なものだった。
「本当です」
そして案の定、一色纏は真剣な表情のままはっきりとした声で答えた。
「あの人は最初から、あなたの様子がおかしいことにも気付いていたようでした。そして食事会で僕と会話した時点で、上辺の関係を見抜いたのです」
硬い表情でいる俺に、さらに言葉を繋ぐ。
「その上で彼は、僕にあなたを託してくれていました」
「………」
……そうか。
那月は、全部知っていたのか。
俺が必死になって隠していたときも、辛さの余りいっそ気付いてほしいともどかしさを感じていたときも。
その辛さが、一色纏に関係していることも。
全部知っていて、ずっと知らないフリをしていたのか。
「……そうだったんですね」
「彼を、恨みますか?」
振り返れば、たくさんの苦しかった気持ちが甦る。
耐え切れない痛みに、心が壊れそうになったことを思い出す。
「いえ、恨みません」
ーーけれど、どうしてと問い詰めたい気持ちも、酷いと恨む心も生まれなかった。
「私にとって、必要なことだったのでしょうから」
那月がいつも俺の幸せを願ってくれていたこと。
そのための道標をいつも示してくれていたこと。
今ならちゃんと、分かるから。
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