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兄弟での生活を始めて、まだ1年も経っていない。
けれど此処で育んできたものは、あの家で生きてきた長い年月よりもずっと濃ゆく、色鮮やかだった。
たくさんの日々が脳裏を駆け巡る。
重く暗い過去を濯いでくれた、何気ないたくさんの一日が溢れる。
その全ての景色が、胸の奥で輝いて止まない。
その全ての景色の中にいるあなたの姿が、輝いて止まない。
ーー抑え込んでいた感情が、堰を切ったように溢れ出す。
「……那月」
「……」
「ごめん」
難しい表情のまま、無言でこちらを見つめている目の前の弟の気持ちを、省みることも出来ずに。
「俺は、お前みたいに聞き分けのいい人間になれない」
我儘で、臆病な自分が、感情のままに必死で言葉を繋いだ。
「誰かと幸せになってほしいなんて願えない。誰かと笑って生きてくれたらそれで良いなんて、思えない。
お前みたいな優しい人間に、俺はなれない」
ーー『院長、あなたが席を外していたあの時ね』
『彼、僕にこう言ってたんです』
『…”僕は、兄が幸せになってくれたらそれでいいと思っています”』
『”もし、その願いが叶うのなら”』
『”本当にあの人が幸せになれるのなら”』
『”その幸せの中に、自分の居場所がなくてもいいんです”……と』ーー。
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