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身動ぎ出来ないほどきつく抱き締められて、けれどその腕の中は、とても居心地が良かった。
……ずっと、ここにいたい。
その願いに微睡むように、俺は涙に濡れた目蓋を閉ざした。
「……馬鹿だなぁ、兄さん」
腕の強さを緩めながら、那月は抱き締めている俺の顔をそっと覗き込む。
「何で僕を選ぶの」
目尻に残った俺の涙を指先で拭い取りながら、那月は優しい声で言葉を続けた。
「せっかくあの家から離れたのに。辛かったこともちゃんと克服して、色んなことに目を向けられるようになったのに」
困ったように眉尻を下げ、宥めるように微笑むその姿は、どこか辛そうに見えた。
「なのに僕を選んだら、意味がないじゃないか」
目蓋の涙を優しく拭う那月の手が、今度は濡れたままの頬を撫でる。
無理をして取り繕った、泣きそうな笑顔で俺の顔を見つめながら。
「……お前が」
「ん?」
「お前が、俺に言ったんだ」
俺の言葉や感情がさせてしまった笑顔だ。
それを分かっていて、胸にちくりとした痛みを覚えながらも、俺は言い募った。
「誰かに大事に触れられることを、誰かに大事に想われることを。
全部 自分で知れって。自分で覚えろって。
お前が俺に、言ってくれたんだ」
「………」
ーー今でも憶えている。
その時の言葉も、手のひらを包む感触も。
真っ直ぐに俺を見上げる眼差しも。
不可思議な熱を、身体が帯びたことも。
……ああ、もしかしたら。
あの瞬間から、彼に対する恋は始まっていたのかもしれない。
「……だから、那月…」
あのとき以上の…、今までにない熱が、俺を焦がしていく。
熱に焼かれていく心が、恥じらいすらを解かしていく。
「さ、最後まで…、全部教えてほしい…。
俺はお前になら、どこに触れられてもいい…。見られても、いいから…っ」
震える手で、おずおずと手のひらに触れ返す。
捕らえたその手のひらに頬をすり寄せ、俺は熱に逆上せたまま彼の瞳を窺い見上げた。
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