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「馬鹿」
小さな声で、はっきりと罵倒される。
けれどそんな言葉を吐く那月は、俺を見下ろしながら柔らかく微笑んでいた。
呆れ混じりに、優しく苦笑していた。
「ごめんね」
その愛しい笑顔に、視界が滲んでいく。
ぼやけて見えなくなっていく中、自分を呼ぶ声だけがそっと響いた。
「これ以上は耐えられそうにないや」
こっちを見ろと促すように、温かい手のひらを頬に添えられ、顔を覗き込まれた。
「…っ、なつき」
「いるよ。ちゃんと」
ぼやけた彼の姿をちゃんと見つめ返したくて、目蓋を擦る。
そんな俺の手のひらも、那月は優しく握った。
ソファへと落ちながら絡み合う指先から、彼の体温が伝わってくる。
「……。兄さん」
それは、見知ったいつもの温度よりも熱かった。
「ありがとう。僕を選んでくれて」
目蓋に浮かんでいた涙が、雫となって頬を伝い落ちる。
そうして滲んだ世界が鮮明になったとき。
俺は那月のキスを、受け容れていたーー。
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