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「遅くなっちゃった。最終バス、まにあうかなぁ」
残業で事務所を出るのが遅れた相川千穂理は、小走りでバス停に向かっていた。
その時、背後から靴音が近づく。その音は、明らかに男のものだ。
背中に緊張が走る。まさかとは思うが、痴漢やひったくりは恐ろしい。
鞄を胸元に抱え込んだ。
千穂理の不安をよそに、足音はあっという間に千穂理の横をすり抜けた。
生臭い風が鼻を過った。
追い抜いた男の白い背中を見ながら、あの人も最終バスに乗るのかしら、と一瞬、考えた。
小さな交差点。
男が横断歩道の真ん中で、右側を向いて止まった。
メガネのフレームに車のヘッドライトが反射するのが分かった。
「危ない」千穂理の声は喉の奥に落ちる。
セダンが右側から現れて、男をひいた。
白いシャツが背丈の2倍ほどの高さまで跳ね上がり、
春になると阿武隈川を飛び立つ白鳥のように見えた。
白鳥と違ったのは、男の身体は飛び去ることなく、
体操選手のように宙で一回転すると地面へ向かったことだ。
「きゃー」
一度は呑み込んだ声が、悲鳴になって細い喉を飛び出した。
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