口封じ

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その日は奇跡が起きた。終業時刻になっても残業を命じられなかった。 「課長。帰ってよろしいでしょうか?」 帰る準備をしてから仕事を言いつけられると不愉快になるので確認する。 「あぁ。さっさと帰ってくれ。 警察から電話があって、愛川にもしものことがあったら俺の責任だと脅かされた」 頭に野村の怖い顔が浮かんだ。(いいとこあるじゃない)と、心の声が野村を褒めた。 バスを降りて黒いフレコンバッグに挟まれた一本道を歩くと、 バスの後ろを走っていたワゴン車が千穂理を追い越して停車する。 除染関係の車だろうと思いながら車の横を通り抜けようとすると、 ドアがいきなり開いて千穂理は弾き飛ばされた。 「きゃっ」 尻餅をつき、車を降りた人物を見上げる。 黒のタイトスカート、グレーのブラウス、黒のレザー手袋、茶色のロングヘアー。 そして、真っ赤なルージュ。 異様な女に戸惑っていると、女は屈みこんで千穂理の口をふさいだ。
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