クオリア・コンバーター

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「どうぞ」 「ありがとうございます」  僕はベンチに座るにあたり、自動販売機の飲み物をそそくさと買ってきて穂乃果さんに差し出した。冷たいミルクティーだ。これなら誰でも飲めるから、まず失敗しないはず。僕はコーヒー。ブラックだ。さぁ座ろう。はーどっこいしょ。 「さっそくなんですけど、わたしと付き合ってください」 「ブーーーーーーッ!!」  僕はコーヒーを盛大に噴き出した。喉が渇いていたのでほぼ一気飲みに近かったから、当然ほぼ全部噴き出したことになる。 「きゃっ。ごめんなさい、びっくりさせちゃって」 「がはげへごっほごほいや、大丈夫ですよはははははははぁあああちょっとそんな近づかれるとおおおお!」  穂乃果さんはむせる僕の背中をさすりつつ、すかさずにゃんこ柄のハンカチで僕の口周りをきれいに拭いてくれている。顔は息がかかるほどに近い。ふわりとフローラルな香りが僕の鼻腔をくすぐった。背中には優しい手のぬくもりがじんわりと広がってゆく。  心臓はばくばくと早鐘を打ち鳴らし、脳はぐつぐつと沸騰しているのではないかと思える。視界は真っ赤に染まっているし、手足も顔面も、筋肉という筋肉が小刻みなビートを刻んで痙攣した。  死ぬ。僕、この美少女に萌え殺される。もし穂乃果さんが殺し屋だったとしたら、「萌え殺し」が武器だろう。多分合法。もう誰も裁けない超一流の殺し屋だ。    そこで、僕の思考回路が一旦正常に戻った。  もしもこんな美少女に、本当に好かれているのならばもちろん嬉しいのは間違いない。でも、相手はこの僕だ。僕がどれほどの男かなんて、僕が一番良く知っている。こんな子にお付き合いを申し込まれる理由など、僕の人生三十年の中の、どこを掘っても見当たらない。悲しいかな、それだけは……、それだけは、断言出来る!   では、この美少女の本当の目的は? なぜ、この眼鏡をかけさせた? この眼鏡がクオリア・コンバーターだってことは分かっている。しかし、周りの人々の反応から察するに、穂乃果さんは決して不細工というわけではなさそうだ。眼鏡を外せばすぐに答えは出るのかも知れないが……。 「聞くしかない、か」  僕はきっと顔を上げた。    
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