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「驚かせちまってすまねぇ……。ちょっと道に迷っちまってさ」
両手を軽く上に挙げ、茂みから黒髪の青年が出てきた。
殺気を感じなかったため、ミスティは向けていた刃を引っ込める。
ーーでも、怪しい人に変わりはないよね……。
ここ三年間町中で人に出会うことはあっても、こんな木が生い茂る所ではなかったからーー。
だから彼女はナイフを握る手はそのままで、警戒心を薄めたくらいだ。
「オレ……セロって言うんだ。あんた、名前は」
片手で頬をかきながら、彼は問いかけてきた。
「…………ミスティ、と言います」
正直にそう答えた。何故ならーー。
ーーこの人、嘘ついてない。
はっきり、そう分かったからだ。彼の鮮やかな紅色の瞳を視つめてその結論に至る。
ミスティが言葉を発すると、強い一陣の風が吹き抜ける。辺りの木々はざわめき、川の水面は波打つ。その風の強さに目蓋を閉じる刹那。目の前の人ーーセロが今にも泣き出しそうな笑みを垣間見た気がした。
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