第1諦めた生活

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「ねぇ、舞さん、あなた、この家に来てもう、20年経つんでしょう?床の間の餅じゃないんだから、会社の休みの日ぐらい手伝ってくれたらどうなの?」  千恵子は夫が自分の言いなりなのをいいことに、私が、何も言い返せない性格につけこんで毎日のように私を責めた。  千恵子が来てから高校生の多感な娘は友達の家を転々と泊まり歩いている。 「もう、いい。言っても無駄だ」  夫は明らかに千恵子の味方だった。  二人は、冷房のあまり効かない暑苦しい狭い店内で汗だくになりながら、客から預かったワイシャツに日付と番号のついたオレンジ色のタグを大型のホッチキスで素早くとめ、 それを工場行きの籠に素早く放り込む。  20年つとめている、古株の怖いパートさんが軽自動車のバンで洗濯を取りに来るまで間に合うように二人は、必死だった。  よくわからないけれど私はこの、千恵子が恐れ媚びを売るパートの古株に2日で嫌われた。  急に怒りだしたから私には訳がわからず、夫からは「あの女が洗濯物を取りに来る、月曜日と金曜日は店にでるなよ」と言われてしまった。  千恵子は要領がいいから、そこはうまくやる。古株は千恵子がお気に入りの様子だった。  私は商売に向いていない。  立ち振舞いは不自然でぎこちなく、客が来ると緊張して喉がかわく。  一度クレームを受けた客は絶対に覚えていて、足が震える。早く帰ってほしいから、その場限りの対応をして、さっさと帰ってもらう。  それを千恵子は、見逃すはすがない。面白がってニヤリと皮肉な笑みを浮かべ、夫と目線を合わせる。夫はいつもカウンターに立つ私に背中を向けているので、表情はわからない。 「取って喰われるわけじゃあるまいし。気取ってんじゃないよ!」  千恵子が言った。私は店を飛びだした。私は中学生の夫が千恵子とセックスしまくった河川敷の土手に座り泣いた。  すると、郵便局の配達のバイクの音がして、ヘルメットをかぶった藤田君が、声をかてきた。「何してるん?」彼とは郵便局の同僚で、彼は外務の配達、私は内務勤務だ。休憩時間になると、私たちは二階の食堂で冗談をよく言い合う仲間だった。藤田君はこの町で生まれ育ったのに関西の言葉をよく使った。私は彼に泣き顔を見せたくなくて、しばらくうつむいた。
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