第2話 恋する梓

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 「こいつ、まだあきらめてなかったのか? とどめを刺してやる!」  不良梓が叫ぶのを無視して、おれはさらに影にされた梓を引っ張り上げる。もう両腕は全部影から引っ張り出した。次は胸と顔だ。見ると、もう不良梓には腕がなかった。胸や顔も色が薄くなって、かなり透けてきている。  「やめろ! もう影に戻りたくない!」  「もうあきらめろ。おまえは影がお似合いだ」  トドメ!とばかりにおれは一気に梓の全身を引っ張り上げた。その瞬間、今までそこに立っていた不良梓は忽然と消滅した。  小学生のときに読んだ〈おおきなかぶ〉みたいだ。しりもちをついたおれの上に、引っ張り出された勢いで梓が覆いかぶさった。おれの胸の上に梓の顔がある。背の低い梓はおれの全身の上にすっぽりとはまりこんでいた。  おれたちはしばらくそのまま動かなかった。事故とはいえおれと梓は抱き合っている。おれはわざとそのままの姿勢を続けたのだけど、梓の方はそうではなかった。  脳がフリーズして体を動かせなくなっている? そう気づいて、おれは起き上がり、梓をおれから離した。制服姿なのはさっきまでいた偽物と同じだが、髪は黒い。どうやら不良梓は本物と入れ替わったあと髪を茶色に染めたらしい。  放心状態の梓。無理もない。突然訳も分からないまま影にされて、もう元に戻れないかもという絶望感に襲われていたところで、また突然元の姿に戻れたのだから。
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