第4話 終末のレミング

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 本当はまだキスしかしてないのに。確かに梓の両親とはそういう話になってるから否定することもできない。おれはただおれが悪役になればすべて丸く収まると思っただけなのに。  父の返事がないなと思ったら、育て方を間違ったと言わんばかりに腕の筋肉をぷるぷる震わせている。やばい……。  父は体育大学の柔道部で硬派に柔道に打ち込んだ。長内家と落合家はよく似ている。どちらも夫婦と子ども一人の核家族。どちらの夫も求道者のように競技に打ち込み、どちらの妻も小悪魔的な言動でいつか夫となる恋人を翻弄し続け、そして結婚した。  「明日から朝四時半に起きろ。朝五時から敬承の道場で毎日一時間稽古をつけてやる。言っておくがおまえのためにやるんじゃないからな。おまえみたいな女の敵の軟派野郎が梓ちゃんを幸せにできるわけがない。梓ちゃんのためにやるんだ。一日でも逃げたら学校からも梓ちゃんのもとからも去れ!」  大変なことになった。父と違う意味で体を震わせているおれを、母は気の毒そうに見ていたが、特に助けてはくれなかった。  判決が下されて、そのまま夕食になった。父がトイレに立ったとき、こそっと母に聞いてみた。  「お父さんはおれのこと女の敵って罵倒できるくらい紳士だったの?」  「お父さんは紳士だよ。だからお母さんの方がお父さんを押し倒したの。ちなみに、歩さんと敬承さんもうちと同じだって」  「…………」  父が戻ってくると、急に人柄が丸くなったという例の総理大臣がテレビの画面に現れた。ニュースキャスターによると、消費税の税率を現行の五倍にすると今日発表して日本中が大騒ぎになっているそうだ。  「人柄が丸くなっても、政治が丸くなってくれないと意味ないな」  「これから大変な時代になるわね」  どうやらこれから大変になるのはおれだけじゃないらしい。いや、それでも一番大変になるのはおれなんだとそのときは思っていた。
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