第4話 終末のレミング

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 翌朝から朝稽古という名のシゴキが開始された。父と敬承の取り決めで月水金が柔道、火木土が空手。今日は父による柔道。何十回と思い切り投げられあげく絞め技で落とされた。見学していた梓が見かねて投げ役を代わってくれた。梓の投げは受け身が取りやすくてよかったが、それでも投げられ続けるうちに背中の感覚がなくなるほどだった。  明日は敬承による空手の稽古。一人娘の純潔をおれに汚されたと思い込んでいる敬承がいったいどんな試練をおれに与えようとするのか、想像さえできなくておれは恐怖に震えた。  滝沢への暴力の件で梓は登校できない。せめて隣に梓がいてくれたら。体中の痛みをこらえながら一人で学校へ向かうのはなんともやりきれなかった。  〈苦しかったらいつでも代わってやるぜ〉  麻薬のような影の声。おれは返事さえしなかった。  一時間目は生物。教えるのは木島涼介。三十歳になったばかりの独身教師。いつも白衣で長髪、そしてメガネをかけている。何を考えてるか分からないと滝沢が言っていたが、それは生徒にとっても同じで若いくせにまったく生徒から人気がない。  今日も不思議な授業だった。野良猫の寿命は五年。飼い猫の寿命は二十年。君たちならどちらの生き方を選ぶか?  誰も手を挙げない。なんとなく手を挙げてみた。  「野良猫の心を持った飼い猫として生きたいです」  「いいとこ取りということですか。賢い生き方ですね」  答えはそれじゃないよと言われた気がして、おれはイラッとした。  昼休み。生物準備室に木島を訪ねた。ほかには誰もいない。もう昼食を終えたらしく、つまらなそうに何かの本を読んでいた。誰も見ていないのにテレビがついている。今どき珍しいブラウン管の小さなテレビ。  「影のことで話を聞きたいんですが」  木島はこっちの方がおもしろいと言わんばかりに本を閉じて投げるように机に置いた。  「君も影に体を乗っ取られそうになったクチか」  「そうです。先生も?」  「いや。僕は乗っ取った側だ」
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