第5話 誰もいない世界の果てで

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 総理大臣の核兵器保有宣言は内外に波紋を広げていた。アメリカは断固反対すると表明した。それなら在日米軍を縮小するなと日本政府は即座に反論した。財政危機によりアメリカが世界中から軍を引き上げる中、隣国の韓国はアメリカから離れ、中国と安全保障条約を締結し、かつての米軍基地に中国軍を招き入れた。  世界中の指導者が正義を叫び、大規模戦争の足音はもう誰の目にも明らかだった。  「課長昇進が決まった」  「給料は増える?」  「少しな」  「ふうん」  テレビが伝える世界の激動も父の昇進も、おれにはどちらの話もリアリティーがまったく感じられなかった。  翌朝五時。今日は空手の稽古。敬承はいるが梓がまだいない。聞かれる前から敬承の方から言ってきた。  「梓には来るなと言っておいた」  梓の見ていないところで思う存分おれを痛めつけようということか。覚悟はしていたが、これが毎日では身も心ももたない。  敬承は腕に防具を巻いて、蹴ってみろと指示した。五歳のとき大怪我するまで、おれも敬承に空手を習っていた。なんとか防具に足を当ててみようとするが、長年空手から離れていたせいで全然足が上がらなくなっていて恥ずかしくなった。  「梓に聞いた。怪我したときのこと思い出したそうだな」  「はい」  「思い出しても梓と別れなかったのはなぜだ?」  「あれは事故です。それに、あの事故のことでは、おれより梓の心の方が傷ついたことも知ってます」  「意識がないとき、君は死ぬかもしれないと医者に言われていた。もし君が死んだり植物状態になったら、おれが死ぬことで君の両親に梓のことを許してもらおうと思っていた」  おれは足を止めた。なぜ今そんな話をするのだろう?
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