第6話 影になれ!

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 こんなどうしようもないおれに、それでも梓は手を差し伸べてくれた。生き地獄と本当の地獄、どっちかは分からないが、地獄はすでに始まっていた。  「おまえは梓ちゃんを何だと思ってるんだ!」  「おじさん、文君を怒らないであげてください。部屋に来てみたら、文君ぐっすり眠ってました。たぶん寝ぼけてやったことだと思います」  影だ! 深夜、寝ているおれの肉体を、影が乗っ取ったんだ! そしておれが目を覚ます前にまた影に戻った。おまえの肉体などいつでも手に入るんだぞ、と警告するために。おれが自分から肉体を差し出してくるのを、やつは気長に待っているんだ。そして、負けを認めたおれが肉体を差し出してきたら、やつはもう二度とおれに肉体を返さないだろう。  おれは自分の両親から完全に信用を失った。梓だけはおれの言うことを信じてくれた。  「怖い思いをさせて悪かった」  「文君が謝ることない」  「おれの様子がいつもと違うと思ったら、絶対に言いなりになるな」  「分かった」  「もし無理やり嫌なことをされそうになったら叩きのめしてくれてかまわない。おれの影はひどいやつだけど、所詮おれの影だ。力で君に勝てるわけないんだから」  そうは言っても、おれの影はおれの本当の姿だ。真実のおれは、梓がおれの言いなりになるのをいいことにあんなふざけたメッセージを梓に平気で送れてしまうような男だということだ。結局、おれは父の言うような屑でしかないのだ。
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