第1話 無敵の梓

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 「来ると思った」  おれの顔を一目見るなり、梓は勝ち誇るように言った。おれが梓の体を求めて引き返してきたと思い込んでいる。  「文んちに行くぞ。どうせ夜まで誰も帰ってこないんだろ?」  おれと梓はさっき別れた商店街の辺りで出くわした。梓は別れる前の不良梓のままだ。  「梓、学校は?」  「校門くぐった途端、先公どもに囲まれてさ、生徒指導室に拉致されて、ずっと事情聴取されて、結局学校には置いとけないから家に帰れって言われて――」  「それでおとなしく引き返してきたの?」  「ああ。体育の滝沢の鼻を回し蹴りでつぶしただけで、おとなしく引き下がったよ」  それ、全然おとなしく引き下がってないから! 体育の滝沢は柔道部顧問の巨漢、しかも生徒指導の責任者。対教師暴力か。よくて無期謹慎、悪くて退学勧告というところか。影じゃない本物の梓は、どんな気持ちで自分の影が教師相手に暴れ回る姿を見ていたのだろう?  そう思って、梓の影に目を移すと、影は梓の肉体とは全然違うポーズを取っていた。おれに向かって両手を合わせて祈っている。そうか。君が本当の梓なんだね。今まで気づいてやれなくてごめんな。  影と入れ替わって間もないせいか、梓は影になってもまだ意思を持って肉体の動作とは無関係な動きを見せていた。  どうすれば影にされて道路に張りついている梓を引っ張り出してやれるのだろう?  さっきおれ自身の影に襲われたとき、聞いておけばよかった。いや、知ってても教えてくれるわけないか……?  「何をぶつぶつ言ってるんだ? 気持ち悪い」  「うるさいな。偽物のくせに」  おれはしゃがんで梓の影の手を合わせている辺りに手を伸ばしてみた。そのとき影が、確かに梓の影の両手がおれの右腕にからみついてきた。
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