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「やぁ。ごめん。待ったかい?」
ファミレスに入った僕は窓際の席で暇を持て余している彼女に声を掛けながら近寄った。
約束の時間から随分遅れてしまった。彼女は怒っているだろうか?
彼女は注文したであろう紅茶のカップの縁を指でなぞっていた。時間を持て余しているときの彼女の癖が出ていた。
「ごめん。ごめん。遅くなってしまって」
「……別に気にしてないよ。私も今来たところだし」
席に座る僕を見ながら彼女はにこやかにほほ笑む。本心かどうか分からない。彼女は人に気を使える人だ。他人が傷つくぐらいなら自分が傷つくタイプの人間だから、彼女は怒っていても怒っているとは言わないだろう。
現に、彼女の目の前のテーブルには暇を持て余したのか紙ナプキンで器用に作られた折り鶴がちょこんと置かれていた。
申し訳ない事をしたなと思う。何か彼女の興味を引くような話をしてあげようと思った。
「そういえばこの前びっくりしたことがあったんだよ」
彼女は気だるげに僕を見つめる。
「家に一人でいてテレビを見ていたらさ。突然玄関が開いたんだよ。どうやら前日酔っぱらて帰ってきたらしくて鍵をかけ忘れていたんだろうね。玄関には若い女の人が立っていたんだ。ああ。もちろん。浮気とかじゃないよ。心配しないで」
彼女は気だるげな瞳のまま僕を見ている。彼女はこんな顔をしているがそれはもともとの顔であって別に僕の話を聞いていないわけではないことを僕は知っている。
「知らない人が突然部屋に入ってきて僕は驚いて固まっていたんだけどさ。突然、その女の人が両手に持っていた買い物袋を落としちゃったんだ。そのあと、僕の顔を見ていきなり悲鳴をあげたんだよ。ぎゃあああああああああああああああああああって。失礼だと思わないかい?」
「そうだね。でもしょうがないと思うよ」
「そうかな? ああ。そうか。たぶんあの人は自分の部屋と僕の部屋を間違えたんだろうね。そりゃあ、自分の部屋に知らない男が座ってテレビを見ていたら悲鳴もあげたくなるか」
「……そうだね」
彼女はカップの縁を指でなぞり始める。しまった。あまり面白い話ではないか。僕はどうも話をするのが苦手だ。もっと彼女を楽しませてあげたいとは思っているのにいつも失敗してしまう。
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