第一章 最悪な男

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『クレーマー:苦情を申し立てる人。特に,本来の苦情の領域を超えて,あら探しのような苦情を企業に寄せたり,執拗に抗議を繰り返したりする人をいう。常習的苦情屋。』引用 三省堂 大辞林 20xx年 私は、ひたすら謝っていた。 理不尽なことをべらべらと喋る、目の前の50歳くらいの男に向かって、頭を下げていた。 ことの始まりは3分ほど前に起こったことだった。 岩倉奈美はいつものようにアルバイト先のスーパーマーケットで、いつものように働いていた。 愛想がよく、他のアルバイト仲間やパートのおばさん、そしてお客さんからも好かれており、いつものようにレジを打っていた。 「いらっしゃいませ」 いつもの笑顔でお客さんに微笑む。 何も変わらない、そう思っていた。 「へらへら笑ってる暇があったら、さっさとこの商品通せよ」 そう言って、その男は奈美に向かってパンや飲み物を投げる。 感じが悪い客が来た、最悪だ。 なぜいきなり商品を投げられたのか、わけが分からなかったが、こういう客には変に突っかかると後が面倒くさいため、無言で商品を通す。 「678円頂戴いたします。ポイントカードはお持ちではないでしょうか?」 いつもと同じセリフ。 いつもと変わらない、そう、思っていた。 「持ってねえから出してねえんだよ、わかんねーのかこのゆとり!」 その最悪な男はそういうと、奈美に向かって今度は1000円札を投げる。 「てめえみたいなくそアマはひたすらにレジ打ってればいいんだよ。俺に無駄な時間をとらせんなブス。このスーパーは最悪だな。…てめえ謝んねえのかよ。俺はお前とは違って客だぞ?お客様は神様なんじゃねーのかよ。これだからゆとりは嫌なんだよ」 最悪な男は、喋る、喋る。 自分はただ笑顔でこの男を迎え、マニュアルにある、『ポイントカードを出していない客にはカードを持っているか尋ねましょう』ただそれを実行しただけであった。 なのに、なのに。 この男が騒ぎ出すようなことをしたのだろうか。 レジを打ち間違えたわけではない、この客に変な質問をしたわけでもない。 なのに、なぜ。 そうは思っても口には出せず、ひたすら、ただひたすらにこの最悪な男に頭を下げるだけであった。
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