恋を知らないまま

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*** 男っ気のない私を心配した親戚が、お見合いをセッティングしてくれたのは1年前。 お相手の裕也(ゆうや)さんは、私よりも一回りも年上の人だった。 仕事熱心なあまり、女性に縁がなくこの歳になってしまったのだと、裕也さんの母親が庇うように言った。 男の人はいい。35歳で独身だって、今時珍しくもないし焦る必要もない。 「飛鳥(あすか)はこの通り愛想も色気もない奥手な子で、放っておいたら売れ残りになるのは目に見えてますので」 うちの母の言葉を先方は謙遜だと思ったようだけど、まったくの本音だ。 『売れるうちに売っておかないと』。 見合い話を持ってきた親戚に、母がそう言っていたのを知っている。 私を規格外の野菜か何かのように思っているんだから、うちの親は。 でも、心配してくれているのはわかっているから、私もいずれは結婚して両親を安心させたいと思っていた。 私には苦手なものが二つある。 高い所と、恋バナ。 高い所は、脚立の5段目以上は無理。 『飛鳥』なんて完全に名前負けしている。 私は高所恐怖症だということを身上書に書くべきだと言ったのに、両親に反対された。おばけが苦手だと書く人はいないんだから、高い所が苦手だということもわざわざ書く必要はない、と。 そして、もう一つの苦手なもの――恋バナは共感も興味も持てないから退屈なのだ。 いや、退屈というよりは苦痛に近い。 家族や愛犬に対する愛情はわかるけど、男の人を好きになったことがない。 恋って、どんなの? どうして皆は当たり前のように知ってるの? 恋愛感情を持ったことのない自分が、とてつもない欠陥品のような気がしていた。 まるで飛べない鳥のようだと。 裕也さんは穏やかで優しそうな人だったから、断る理由なんてなかった。 母は新居が狭い社宅だと知ると良い顔をしなかったけど、恋愛の出来ない私が結婚するとしたらお見合いぐらいしかないのだから、贅沢は言っていられない。 それは裕也さんも同じだったようで、先方から断られることもなく結婚話が進んでいった。 彼と二人で会う機会が増えたものの、デートという雰囲気ではなかった。 式場との打ち合わせ、引き出物選び、衣装合わせ。それらを私たちはまるで仕事のようにこなしていった。 それはそうだろう。”好きな人と結婚する喜び”なんて、私たちにはないのだから。
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