文鳥と隣人

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朱美は玄関に座り込み、今起きた事が果たして現実だったのかどうかしばらく考えてから、ポットマムで胃に収めたものをすべて玄関に吐き出した。 翌朝、痛む頭をさすりながら玄関を掃除し、スーツを着て鏡の前に立つ。 昔はそれほど気にならなかった目の周りのクマが、今朝はより一層目立っているような気がする。 記憶が全部飛んでいればありがたいのに、正宗がぎゅっと朱美を抱きしめた事は鮮明に覚えている。 正宗の顔を見るのは恥ずかしいけれど、社会人として、酔っ払いの自分を家まで送ってくれたお礼と醜態をさらしたことを謝罪するのは当然だ。 今日、ランチタイムにお詫びの品を持ってポットマムに行こう。 朱美はそう決心して玄関の扉を開けた。 すると待っていたかのように隣の扉があいた。 「あ、堺さん」 「あ……菊田さん」 一瞬の沈黙。 朱美は勢いよく頭を下げた。 「あの、昨日はすみませんでした! 私、なんとなくしか覚えてないんですけど、送ってくれましたよね?」 「あ、ああ。ええ」 心なしか正宗の顔が上気しているように見える。 「あの、本当は今日、お詫びの品を持ってお店に伺おうと思ったんですが、ランチタイムはお店にいらっしゃいますか?」 正宗が動揺しているようだったので、昨夜の抱擁を思い出して朱美まで赤面してしまう。 「あの、お詫びなんていいですよ。堺さんにはごひいきにしてもらってますし」 「でも何かお詫びをさせていただかなくては申し訳なくて」 「とりあえず、行きましょうか」 これから会社に行くのだということを忘れていた。 全神経が正宗に注がれている。 ほんの数週間前までは別の男性を想って泣きはらしていたというのに。 エレベーターに乗り込んで、正宗がボタンを押しながら言った。 「あの……堺さん。もし、差し支えなければ、うちの文鳥の話し相手になってもらえませんか?」 「ぶ、文鳥の話し相手?」 正宗の言葉の意味が分からなくて、その透き通るような茶色の瞳をぶしつけにのぞき込む。 「文鳥のお世話ということでしょうか」 「ええ、僕明日から4日間、コーヒー豆の仕入れでニカラグアに行くんです。その間、文鳥が寂しがると思うので話し相手に」
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