文鳥と隣人

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「朱美ごめん、元カノが妊娠した」 「は?」 「俺の子をさ、妊娠したんだ」 二十歳のころから付き合って五年。 四捨五入して三十になる日の誕生日、付き合っていた男からもらったプレゼントは今までの人生で最悪の知らせだった。 男は朱美の住む部屋から、夜逃げの準備をしていたのかと思うほど手際よく去って行った。 何の痕跡も残っていない。 二人で過ごしたあの日々はいったいなんだったのか。 そして数日が過ぎ、失意のどん底に沈む朱美の前に彼は現れた。 彼の名前は菊田正宗。 池袋駅西口から徒歩二十分の場所にある鉄筋コンクリート造、築十年の愛すべきマンションの六階部分に、彼は隣人としてやってきたのだ。 菊田正宗は、ファッション誌から飛び出したようなスタイリッシュな服装と、それに負けない長身とルックスを兼ね備えた爽やかな青年だった。 例えるなら、男性用の洗顔料のCMに出てきそうなほど爽やかな風貌だったのだ。 洗濯洗剤を手に朱美の家を訪れた彼と初めて対面した時は、メイクを落とした五分前の自分をどれほど呪ったことか。 初対面の正宗は、その笑顔で朱美の一日の疲れを吹き飛ばしてくれた。 「夜分にすみません。隣に越してきた菊田正宗です。何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」 「こ、こちらこそよろしくお願いいたします」 「あの、不動産会社の方と管理人さんには了承を得ているんですが、僕、文鳥を飼っていますので、もしかしたら何かご迷惑をかけるかもしれませんが、気を付けますのでよろしくお願いします」 正宗が頭を下げると、いい香りがして、胸が締め付けられたような感覚に陥る。 「迷惑だなんて、とんでもないです、こちらこそよろしくお願いいたします」 ノーメイクの顔を長い髪で隠すように深々と頭を下げた朱美は、なるべく顔を見られないように、とても不自然な動きで頭を下げ、扉を閉めた。
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